栗城史多 指再生治療の経過は?エベレスト下山途中に死去で死因は?

登山家の栗城史多(くりき・のぶかず)さんが21日、亡くなりました。
エベレスト登頂を目指している途中で体調不良になり、
下山途中でした。一体何があったのでしょうか。

2012年には、凍傷で指を切断し、
なんと、再生治療を受けてまで山に登り続けていたのだとか。

死因や指再生治療の経過、画像などを見ていきましょう。

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栗城史多 指再生治療の経過は?

登山家の栗城史多さんが、亡くなりました。
まずはプロフィールを簡単に紹介します。

名前:栗城史多(くりき・のぶかず)
生年月日:1982年6月9日(35歳)
出身地:北海道瀬棚郡今金町
死没:2018年5月21日(35歳没)

出身校:札幌国際大学
株式会社たお代表取締役

栗城さんは大学山岳部に入部してから登山を始め、
チョ・オユー(世界第6位高峰 8,201m)や、ダウラギリ(世界第8位高峰 8,167m)
など、6大陸の最高峰を制覇し、8000メートル峰4座を無酸素・単独登頂してきました。
2009年からは「冒険の共有」としてのインターネット生中継登山を始め、
エベレストの登頂に果敢にチャレンジしていました。

そして、、、
2012年秋に4度目の挑戦となったエベレスト西稜で
両手・両足・鼻が重度の凍傷になり、手の指9本の第二関節から先を失いました。

こちらは指再生手術をした後の栗城さんです。

包帯でぐるぐる巻きにして見えない状態になっています。
この手術後リハビリをし、なんと2014年7月には
中国・パキスタン国境のブロードピーク(標高8047m)に無酸素・単独登頂を
成功させ、復帰を果たしました。

現在の指の状態は画像を見る限り、元の長さには戻っていないですし、
これ以上は戻らないのではと思いますが、
凍傷で失った時よりは少しだけ回復したのではないでしょうか。

こちらが、一番最近に撮られた画像ですが、指は短いままですね。

しかしこのような状況になっても山を登り続けるということは、
それだけ山登りが好きで命をかけてまで
登る理由があるんだなと感じました。

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栗城史多 エベレスト下山途中に死去!死因は?

栗城史多さんは、今年の4月17日から8度目のエベレスト登頂に挑戦していました。
その様子がFacebookでも動画として残されていて、
5月20日に、7400m地点にいることが投稿されていました。

しかし、21日の朝になって体調不良のため下山すると報告されます。

この日午後4時からインターネットテレビ局「AbemaTV」で
エベレスト登頂の様子が生中継される予定でした。

そして、体調不良のため下山途中だった栗城さんと無線が繋がらなくなり、
捜索したところ低体温で生き絶えた栗城さんを発見したということです。

栗城さんの公式Facebookなどで所属事務所が発表しました。

 

栗城さんは、下山の途中で遭難し、死因は低体温症ということです。
北海道出身でも流石にエベレストのような大きな山の寒さには勝てませんよね。
35歳と若く、これからまだまだいろんな山に登ることを夢見ていたと思いますし、
栗城さんを応援していた方もいらっしゃったと思います。

*追記(死因訂正)
低体温症とみられた死因について、所属事務所のチーフ小林幸子さん(39)が

「実際には栗城は標高7400メートルのキャンプ3から下山中に滑落し、
頭や全身を強く打ったことが原因で、帰らぬ人となりました」

と発表しました。
死因は、低体温症とみられていましたが、頭や全身を強打した
全身打撲と訂正しました。
葬儀は親族で執り行い、後日、お別れの会を開くそうです。

追記終わり

山のために生きた栗城さんにとっては、本望だったのではないでしょうか。
ご冥福をお祈りいたします。

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