西城秀樹 嫁や子供の年齢は?最後の夢叶わず…家族も憧れるスーパースター!

「傷だらけのローラ」や「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」で知られる
歌手の西城秀樹さんが亡くなりました。
死因は急性心不全で、63歳でした。

西城秀樹さんは脳梗塞で2回倒れていますが、
それを献身的にサポートしていたのは、
結婚した嫁の美紀さんと3人の子供たちだったようです。
そんなお嫁さんと、お子さんの年齢や、
当時の状況をまとめていきます。

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西城秀樹 プロフィール!ヒデキ感激!

本名:木本 龍雄(きもと たつお)
生年月日:1955年4月13日
出身地:広島県広島市
死没:2018年5月16日(63歳没)
学歴:明治大学付属中野高等学校定時制

小学校時代から音楽に目覚め、5年生にして兄とバンドを組み、
高校時代にジャズ喫茶で歌っていたところをスカウトされ東京へ上京します。
歌やダンスなどマネージャー宅に住み込んでレッスンを重ね、
1972年(22歳の時)に「恋する季節」で歌手デビューを果たしました。

1973年には「情熱の嵐」がヒットし、郷ひろみさん、野口五郎さんとともに
「新御三家」と呼ばれ人気を集めました。
ちびまる子ちゃんで親しまれている「走れ正直者」、
歌とダンスでノリやすい「ヤングマン」なども大ヒットとなりましたね。

俳優としてはドラマ「寺内貫太郎一家」、映画「愛と誠」などや
舞台にも出演し、多岐に渡りご活躍されていました。

また、ハウス食品「バーモントカレー」のCMで「ヒデキ、感激!」という
キャッチコピーで親しまれ、「ヒデキ」の愛称は芸能界の枠を超え、
子供からお年寄りまで幅広い世代に愛されていました。

画質は悪いですが、こちらがその動画です。

インパクトが強いので、バーモントカレーと言ったらこのCM!
という方も多いのではないでしょうか。
そして亡くなった今日、夕飯はカレーにしようと考えている方も多いはず。。。

西城さんは今年でデビュー47年でした。

西城秀樹 嫁・美紀さんや子供の年齢は?

西城秀樹さんは、46歳まで独身を貫いていましたが、
2001年に、大阪府在住の会社員だった槙原美紀さんと結婚しました。

そして翌年の2002年6月3日に長女、2003年9月1日に長男、
2005年1月7日に二男が誕生しました。

嫁の槙原美紀さんはなんと19歳下の44歳。
長女の莉子ちゃんは15歳。

長男の慎之介君は14歳。

次男の悠天君は13歳。

お子さんたち美男美女ですね!
西城さんが還暦を迎えた時のインタビューで、
3人のコメントから、お父さんを尊敬しているんだなと感じます。

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西城秀樹 脳梗塞で2回倒れていた!

そんなお子さんの憧れの的でもある西城さんは、2回脳梗塞で倒れていました。
1回目は、2003年6月21日48歳の時で、韓国での公演中
うまく歌えずろれつが回らない状態でなんとかステージをやり遂げ、
翌日病院に行くと、「ラクナ梗塞」と診断されます。
「ラクナ梗塞」とは、脳内の細い血管が動脈硬化などで狭くなって血液の流れが悪くなる、
脳血栓症のひとつだそうです。

原因は倒れる前に、3週間で5キロの無茶なダイエットや、運動中やそのあとのサウナでも、
水分補給をしないほうが効果があると勘違いしていたそうで、
それが血流を滞らせることになってしまったのではないでしょうか。
水分不足になると脱水症状や、血行が悪くなり、心臓への負担も大きくなります。

長女は1歳で美紀さんのお腹には7カ月の長男がいて、もう人前で歌えないのなら、
生きている価値があるのかと”引退”も考えたといいます。
しかし、美紀さんの

「ゆっくりと時間をかけて病気になったんだから、ゆっくり歩いて治していこうよ」

という言葉で思い直し、軽度の言語障害の後遺症は残ったものの、
2ヶ月後には舞台でミュージカルを務めるほど、回復しました。

そして、2度目の脳梗塞。
2011年12月20日56歳の時、体がふらつき風邪だと思い病院に行くと、
念のため泊まってくださいと言われ、そのまま入院。
翌日には病室のベッドから起き上がれなくなっていたんだそうです。

食生活や生活習慣をただし、再発防止に務めていましたが、
再発は寒暖の差が原因と言われ、一時はうつ状態にまでなりました。

3年経った後も、右手と右足に痺れがあって、リハビリは欠かせず、
朝食後9時ごろに家から近所の公園へいき、休憩を入れながら約1時間半かけて歩き、
家に帰ってから柔軟体操と右手でグー・パーを400回、音読を15分など、
数々のリハビリをしていたそうです。

西城秀樹 死去で死因は急性心不全!

脳梗塞のリハビリをしながらも、2015年4月13日には60歳の誕生日に
還暦記念アルバム「心響 -KODOU-」を発売し、同日東京都港区・赤坂BLITZにて
自ら「ヒデキ還暦!」と題した記念ライブを開催するなど、
生涯現役として活躍されていた西城秀樹さんですが、
5月16日、急性心不全で亡くなりました。63歳でした。

事務所によりますと、西城さんは先月25日に家族と一緒にいるときに急に意識不明になって入院し、
今月16日午後11時53分、急性心不全のため横浜市内の病院で亡くなったということです。

2014年11月20日の女性自身には、

「これからについては、やるべきことはすべてやっているので、
もう一歩踏み出す足取りをしっかりしたい。
それと願わくば、いちばん下のチビが20歳になるまで現役でいたいです。
だから最低あと10年。健康に十分気をつけて、歌い続けていきたいと思っています」

と書いてありました。
最低10年ということは、2024年。
この記事から3年半、夢は叶いませんでしたが、
いつまでもお子さんと美紀さんを天国から見守っていると思います。
また、ファンの方々も闘病生活や歌う姿から、
勇気や希望を与えられたのではないでしょうか。

世代を超えて愛されてきた西城秀樹さん、ご冥福をお祈りいたします。

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