ピューマ渡久地 記憶喪失の原因は?嫁(聡美)は離婚後も献身的にサポート!

90年代に「平成の三羽烏」と呼ばれた一人である
ボクサーのピューマ渡久地さんが、
4月6日放送の「爆報THEフライデー」に出演します。

現在は嫁の聡美さんと離婚するも、
ピューマ渡久地さんが侵された謎の記憶喪失支えたり、
共にジムの経営をしているそうです。
早速まとめていきます。

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ピューマ渡久地 プロフィール!

今回10年ぶりのテレビ出演となるピューマ渡久地さん。
簡単にプロフィールをご紹介します。

[出典;ピューマ渡久地ボクシングジムHP]

名前:渡久地隆人(とぐち・たかと)
生年月日:1969年11月20日(48歳)
学歴:興南高等学校卒業
日本大学農獣医学部を中退

アマチュア時代から58戦53勝(40RSC)5敗と、
プロ顔負けのパワフルなボクシングを持ち味として18歳でプロ入りを果たし、
1988年8月にデビューし、鬼塚勝也さん、辰吉丈一郎さんと共に
「平成の三羽烏」と称され、1990年代初期の日本プロボクシング界で大活躍となりました。

第36代、第42代日本フライ級王座の渡久地さんですが、
試合前に「脳梗塞の疑いがある」と診断され、
WBA世界スーパーフライ級王者飯田覚士さんへの再挑戦を中止しました。
結局、「脳梗塞の疑い」は誤診でしたが、リング復帰まで1年以上を要し、
1999年10月、1年4か月ぶりの試合に臨みましたが、3回TKO負けとなり、
この試合を最後に現役を引退することとなりました。

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ピューマ渡久地 現在は記憶喪失で離婚した嫁(聡美)が支えていた!

現役引退後、2001年に港区東麻布に「ピューマ渡久地ボクシングジム」を開設し、
名誉会長を務めています。
爆報THEフライデーでは、引退後、記憶が消えていく謎の病に侵されていたという
ピューマ渡久地さんに密着するようです。
記憶の空白期間はなんと10年間ということで、30代後半から闘病していたようですね。

ピューマ渡久地さんの記憶喪失の原因はわかっていませんが、
現役時代に誤診であった「脳梗塞」の疑いというのが
関係しているのでしょうか?
こちらは番組終了後追記いたしますね。

そして、そんな闘病生活を支えていたのが、これまたびっくり。
離婚した嫁の聡美さんなんだそうです。

名前:渡久地聡美(旧姓;生田聡美)
生年月日:1968年11月27日(49歳)

お二人は1993年8月5日に入籍し、その後二女一男をもうけましたが、
2006年に離婚をしてしまいます。
離婚理由は明らかになっていませんが、ピューマ渡久地さんが以前、
「酒に溺れて世界王者になれなかった」という記事も目にしたことがあるので、
お酒が原因の可能性もありますが、確信は持てませんね。

[参考;酔いどれ交遊録]

嫁の聡美さんは、離婚前からピューマ渡久地ボクシングジムの
会長を務めていたため、離婚後も共に経営を続けているそうで、
渡久地さんの現役時代からの減量管理をはじめ、当ジム選手の減量、
ダイエット希望者には専門的な知識と経験でサポートされています。

また、2013年に発売された著書「餃子ダイエット」は食べて落とす理にかなった
ダイエット本も出版されるなど、引き締まったボディ作りに精力的に活動しています。

女性としては、食べることがダイエットにつながるなんて、
嬉しいことですよね。

番組が放送されましたので、追記いたします。

ピューマ渡久地 病名は重積癲癇(じゅうせきてんかん)だった!

記憶を失ったのは、10年前の2008年2月20日、
ボクシング協会の理事会に出席した時に全身が硬直して倒れたことが原因でした。

白目をむいて、泡を吹きながら椅子から倒れてしまったようで、
元奥さんの聡美さんが連絡を受け、病院へ駆けつけたといいます。

しかし、渡久地さんは自分が倒れことすら忘れ、
なぜ病院にいるのかもわからない状態だったそうです。

当初は「脳梗塞で倒れた」と聞かされていたそうで、
再び精密検査を受けてみると、「脳梗塞ではない」と診断されます。

その後も、ジムでの指導中に何度も倒れるようになって発作が起き、
痙攣を起こすようになったり、ついには練習生の顔すら忘れてしまうようになり、
仕事もままならなくなってしまったそうです。

この病気は、数時間もすると、すぐに収まっていつものように生活できるようになり、
渡久地さん自身、倒れたことすら覚えていないというとても複雑な病です。

そして、渡久地さんは倒れてから記憶が止まってしまったそうで、
娘が就職したことすら忘れてしまったり、自分の子供が大好きと言いつつ、
年齢や、子供たちのことも覚えていないということです。

この謎の病気は、重積癲癇(じゅうせきてんかん)といい、
症状として5分〜10分の短い発作を繰り返し、
その間の意識が無くなる病気です。

渡久地さんは発作が20分以上続いたそうで、その間脳に酸素がいかず、
数万単位の脳細胞が破壊されてしまい、記憶を失っていったそうです。

また、重い発作を繰り返すようになり、癲癇でいつ倒れるかわからないため、
24時間体制で、ジムのスタッフや奥様が側につくようになったそうですが、
東京での生活も困難になり、現在は現在は故郷の沖縄県うるま市で
父(78)、母(77)、祖母(96)と生活しています。
渡久地さんは「しゃべっていることを忘れちゃうので。今言ってることをすぐ忘れちゃう」
と症状を説明し、「どうしたらいいか分からない」と、苦悩を明かしました。

実家では、畑仕事を手伝っていますが、記憶を忘れてしまうため、
毎日、畑の耕し方から教えるため、大変なようですね。

そして、東京にあるジムは、今も元奥さんの聡美さんが無償で仕事をして
守りながら、子供たち3人(現在23歳、19歳、17歳)も
シングルマザーとして育ているそうです。

渡久地さんは、元奥さんの記憶はあるらしく

「ありがたいです。子供3人いて大変でしょうね。ジムを守ってくれてありがとう」

と言っていました。

元奥さんの聡美さんは、離婚してもピューマ渡久地さんの闘病をサポートし、
ジムの経営、子育てをしていると考えると、本当に強い女性だなと感じました。
一度は愛した人だからこんな状態になっても支えていけるのでしょうね。

お子さんの情報などはありませんでしたが、将来ボクサーになったりするのでしょうか。
娘さんの記憶も小学生のまま止まっているそうですが、少しでも回復し、
家族やボクシングの記憶だけでも蘇ってほしいなと思います。

今後の活動に注目していきます。

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