伊藤喜剛 ドーピング疑惑で人生転落!?現在は選手を影でサポート!

日本初!幻の100m9秒台を記録した元陸上短距離選手の伊藤喜剛さんが、
4月6日の「爆報THEフライデー」に出演します。
ドーピング疑惑をかけられ、選手生命の危機に直面し、
手術まで行なったという壮絶な人生を送られました。

現在は、加圧トレーニングジムDEUXオーナーとして、
選手の指導にあたっているそうです。
そんな伊藤さんの現役時代から、現在までをまとめていきます。

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伊藤喜剛 プロフィール!

名前:伊藤喜剛(いとう・よしたか)
生年月日:1970年6月23日(47歳)
出身地:茨城県

日本体育大学体育学部卒業。

1993年アジア選手権4X100mR 4走で初の代表入りし
数々の大会で記録を残していきました。

・1994年 アジア大会 100M 6位 / 4×100MR 金メダル(2走)
・1995年 世界室内陸上競技選手権 60M 準決勝進出
・1995年 世界陸上競技選手権 100M 2nd / 4×100MR 5位(アジア記録)
・’93 ’95 ’98 アジア陸上競技選手権 100M(’95 銅メダル) 4×100MR(’93 銀メダル)
・1995年 日本選手権 100M 優勝(日本歴代4位)
・1995年 日本グランプリーファイナル 男子総合優勝

[出典;伊藤喜剛Wikipedia]

このように日本のエースとも言われていた選手が、
突然選手生命を絶たれてしまいます。

伊藤喜剛 ドーピング疑惑で手術もしていた!

米国アルバカーキーでの日本代表冬季合宿中、
国際陸上競技連盟の抜き打ち検査で陽性反応となり、
ドーピング(筋力増強剤使用)疑惑をかけられたのです。
伊藤さんはもちろん、身に覚えがなく何のことか
さっぱり分からなかったようです。

オリンピックの夢が目の前から無くなり、そして大きな汚名を着せられた。

すぐに日本陸上連盟に無実を訴えましたが、
Bサンプル検査でも陽性反応が出て、道が閉ざされたといいます。

当時お世話になっていた、スポーツクラブの社長らが弁護団を結成し、
無実を証明するため睾丸の細胞を手術で摂取するなど潔白を訴えましたが、
4年間の出場停止処分を課されました。
後に罰則規則変更により2年間に短縮されましたが、2年もの間出場できないとなると、
無実でしかもエースとしては、とても痛手だったと思います。

1998年にレース復帰となり、復帰第一戦(GP水戸国際陸上)で日本人トップになりました。
日本代表(アジア選手権)へ帰り咲くことができましたが、
座骨神経痛や練習中スパイクが真っ二つに割れて足の裏に突き刺さる事故などに悩まされ、
シドニーオリンピックへの出場などは果たせず、引退をすることとなりました。

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伊藤喜剛 現在はジムのトレーナーとして選手をサポート!

現役引退後はトレーナーとなり2000年から2004年まで阪神タイガース井川慶投手や
プロゴルファー三塚優子選手などの指導を行いながら、加圧トレーニングなどの資格を取得し、
プロスポーツ選手やトレーナー育成などの指導をしていました。

現在、アトラス水戸を退職し、東京・自由が丘で加圧トレーニングジムDEUXオーナーとして
選手たちの指導やこうづ整形外科顧問などの指導を行なっています。

こちらが指導を受けている選手の方々です。

Jリーグ
・内田智也(ヴァンフォーレ甲府)
・冨田大介(ヴァンフォーレ甲府)
・小林慶行(アルビレックス新潟)
・磯崎敬太(サガン鳥栖)

タレント
・猫ひろし

相撲
・豪風

猫ひろしさんとも交流があるんですね。

伊藤さんは、この壮絶な人生に対して、不幸だったと思っておらず、
今まで知らなかった世界をたくさん見ることができたと前向きな発言をしていました。
また、ドーピングだけでなく、スポーツ社会がより良いものになって欲しい、
そしてそれを伝えるのが自分の役割だとも語っていて、
人として素敵な考えをお持ちだなと思いました。

加圧トレーニングジムのトレーナーとして、
現役時代のことも活かしながら選手たちをサポートし、
良い結果が出れば、自分の事のように嬉しいと思いますし、
スポーツから離れることのない人生を送れるのが
本望なのかなと感じました。

今後も選手を支えながら、スポーツを愛してほしいです。

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