若ノ城 現在は糖尿病で闘病中!母親は命の恩人で親子愛に感動!

1月12日放送の「爆報THEフライデー」に
元相撲力士の若ノ城(本名・阿嘉宗彦)さんが出演します。
未来の横綱候補とも言われていた若ノ城さんですが、
糖尿病を患い引退し、腎不全で移植までしていました。
現在の生活や仕事などについて見ていきます。

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若ノ城 現在は糖尿病で闘病中!

爆報THEフライデーに出演する若ノ城さん。
まずはプロフィールから。


[出典;若ノ城Twitter] 名前:若ノ城 宗彦(わかのじょう むねひこ)
本名:阿嘉 宗彦(あか むねひこ)
生年月日:1973年4月13日
出身地:沖縄県那覇市
身長:191cm
体重:157kg
得意技:右四つ・上手投げ
最高位:西前頭6枚目(1998年3月場所)

小学6年生で身長180センチ、体重110キロという人並外れた体格を生かし、
高校時代に柔道部に入部しました。
1年次からレギュラーとして活躍し、
2年次に全国高等学校柔道選手権大会の団体戦で優勝します。
その運動神経が相撲関係者の目にとまり、
18歳の時には、間垣部屋(第56代横綱・2代目若乃花)に入門し、
当時の相撲界は”若貴ブーム”に沸いていて、スケールの大きい相撲と
沖縄出身という珍しい経歴から”未来の横綱候補”として将来を期待されていました。

デビューから2場所目の1992年3月に序の口優勝、1995年9月に十両昇進、
1997年9月に幕内昇進と出世街道を歩んでいましたが、
デビュー前からの持病・糖尿病が悪化し、2004年に31歳の若さで現役を引退します。
高校時代から1日1升の白米を食べ続けていた若ノ城は、
実は相撲界に入る前から糖尿病を患っていました。

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若ノ城 母親は命の恩人!

引退後、サラリーマン生活を送っていた33歳の時に、
慣れないデスクワークと運動不足により、糖尿病の症状は悪化してしまい、
突然背中に激痛が走り、医師から「腎不全」を告げられました。
5年後の生存率は30%と宣告され、残された選択肢は
“透析”か”腎移植”のみでした。
そんな絶体絶命のピンチに手を差し伸べてくれたのが、実の母親。
当時63歳という高齢にも関わらず、愛する息子に腎臓を移植してくれた
母親と沖縄で再開する場面が、番組内で放送されます。

腎臓移植から11年、母親と故郷・沖縄で再会し、
どんなドラマが繰り広げられるのか楽しみですね。

そして、腎臓移植の後は妻の食事管理や、高校以来となる柔道の練習も再開し、
「子供もいるし、妻もいるので、そのために健康にならないといけない」と語り、
2017年4月には、1日3回のインスリン注射を打ちながら、
墨田区で介護施設”デイサービス花咲”に勤務しています。
「昔から病院に入ったり、リハビリやったりしている中で
皆さんに支えられているので、今度は私が支えられれば」
などと、奮闘しているということです。

糖尿病については今後もついてまわると思いますが、
家族とともに、完治に向けて頑張ってほしいです。
また、相撲界から引退しても、自分の経験から介護職について
活動している若ノ城は素敵だと思いますし、
これからも様々な面で活躍していってほしいと思いました。

*追記
番組が放送されましたので、追記します。
腎不全を告げられ、5年後の生存率は30%と宣告された若ノ城さんは、
「生き続けるには腎臓移植手術しかない」と医師から告げられます。
ドナーが運良く現れることは難しく、移植の平均待機期間は
15年といわれる腎臓移植ですが、母親の腎臓が適合すると判明すると、
「息子のためなら、私の腎臓を」と母の恵子さん(73)移植を懇願したそうです。
そして腎臓を譲り受け、無事に手術が成功しました。
11年経過した現在は糖尿病のため、1日5回のインスリン注射と
1日20錠の薬の服用は欠かせませんが、都内で介護士として働き、
妻と息子を養っています。
命の恩人である恵子さんと故郷・沖縄で同番組のインタビューに応じた
若ノ城さんは「また、沖縄に帰って、仕事をしたいですね」と笑顔で話していました。
母の恵子さんは現在、お弁当屋さんの手伝いをしていて、
手術後の後遺症はないそうです。

追記終わり

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