豊田達郎 死因は肺炎だった!トヨタ7代目社長高血圧で倒れたことも。

トヨタ自動車元社長の豊田達郎氏が肺炎のため
亡くなっていたことがわかりました。年齢は88歳でした。
父はトヨタ創業者の豊田喜一郎氏、兄は名誉会長の章一郎氏で、
バブル崩壊後7代目社長を務めていました。
社長の時に高血圧で倒れましたが、
その後も全力で活動してきた豊田氏に迫ります。

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豊田達郎 トヨタ7代目社長!死因は肺炎だった!

トヨタ自動車の元社長・豊田達郎氏が
2017年12月30日午後7時20分に亡くなっていました。
死因は肺炎でした。

名前:豊田達郎
生年月日:1929年6月1日
死没:2017年12月30日(88歳没)
出身地:愛知県

1953年に東大工学部を卒業し、トヨタ自動車に入社しました。
「発明王」豊田佐吉氏の孫で、トヨタ創業者・喜一郎氏の次男に生まれ、
現在の豊田章男社長は甥にあたります。
1984年に米ゼネラル・モーターズ(GM)と設立した合弁会社の
初代社長に就任し、米国市場の開拓に尽力し、
1988年には、トヨタ自動車の副社長、
そして1992年に社長に就きました。
6代目社長で現名誉会長の章一郎さんの後任でした。

社長時代にはバブル崩壊による販売低迷や新車開発の費用膨張を背景に、
部品の共通化などでコスト削減を進めたり、日米自動車摩擦の解消にも
取り組んでいました。

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豊田達郎 社長時代高血圧で倒れたことも!

1992年に社長となりましたが、その3年後の1995年2月に
高血圧症で倒れ、長期入院を余儀なくされたため、
社長を奥田碩氏に譲り副会長に就きました。
1992年に藍綬褒章、99年に勲一等瑞宝章を受章しました。

藍綬褒章・・・社会福祉や公共事業等に功績のあった者,
またはその事務に関し勤勉であった者を表彰するために
1881年制定された褒章
勲一等瑞宝章・・・国及び地方公共団体の公務又は公共的な業務に
長年にわたり従事して功労を積み重ね、
成績を挙げた者を表彰する場合に授与する

1995年に病気療養のため取締役副会長、取締役相談役となった後、
1996年に経済同友会副代表、日本自動車工業会最高顧問、
豊田中央研究所代表、トヨタ学園理事長、トヨタ財団会長なども
務めていました。

また、病気療養によりトヨタ自動車副会長退任後も、
豊田工業大学とシカゴ大学の共同事業としての
大学院大学・豊田工業大学シカゴ校の設立に参加し、
2003年にはその最初の入学式に渡米して出席するなど、
足は不自由であるものの、精力的に活動していました。

最期まで全力で自らの会社に力を注いできた豊田氏ですので、
後悔がないように生きてこれたのではないかなと思います。
今まで全力で突っ走ってきたと思うので、
ゆっくり休んでほしいですね。
豊田氏のご冥福を心からお祈りいたします。

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