柿元愛里 顔画像!寝屋川市で両親に監禁され孤独死!

大阪府寝屋川市の住宅で33歳の長女が両親に監禁され
亡くなった事件で、柿元愛里さんの顔画像が公開されました。
17年にも渡って監禁され、19キロという体重で
この世をさった愛里さん。
小学校時代の友人の話などをまとめていきます。

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柿元愛里 学校にはほとんど行ってなかった!

大阪府寝屋川市の住宅で、柿元愛里さんが遺体で発見された事件で、
愛里さんの両親である柿元泰孝・由加里容疑者が
死体遺棄容疑で逮捕されました。
愛里さんが見つかった現場はこちらです。

1995年に次女を含む4人でこの家に引っ越してきましたが、
愛里さんが小学校6年の頃に精神疾患の診断を受けます。
中学校にはほとんど通っておらず、16、17歳の頃から
暴れるようになったので、プレハブに閉じ込めるようになったと説明しました。
次女はこの後に転居していたそうです。

両容疑者は、家を離れて現在は別の場所に住む次女に
愛里さんが死亡した状況について説明し、
「警察に行かなあかん」と説得されたことから、
23日に寝屋川署に自首したということです。

死因は低栄養で凍死となっていて、
亡くなった18日の最低気温は、氷点下2.7度だったそうです。

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柿元愛里 顔画像!同級生が当時の愛里さんについて語る!

愛里さんが遺体で発見されたことで、小学生時代の同級生は

「いつも同じ服を着ていて美容室にたぶん行ってないだろうな
という髪型でいつも悲しそうな顔だった」
「体育の授業で体操服なので腕や足の部分がアザっぽくなっていたから、
聞いたら犬に噛まれたって言っていて、
噛み痕というよりはアザっぽく見えたので。
腕と足と10個以上はあったんじゃないかなと思います」

と話しました。
もしかしたら、虐待されていたのかもしれませんね。
また、

「(愛里さんが暴れたり精神疾患だったと?)
そんなことは、全然なかったです。
優しくていい子で、言葉遣いもちゃんとしていたし、
暴れるようなことは全然(なかった)。
(6年生の)3学期になってから学校に来なくなって、
担任の先生は、(愛里さんが)風邪をひいて、一度休んだら、
もう学校に来るのが恥ずかしくなったから、
来られなくなったって言ってたんですけど」

という話もあり、同級生もビックリですね。
小学校時代の顔画像がこちらです。

愛里さんは発見当時、
・目立った外傷はなかった
・身長145センチ
・体重は19キロしかなく衰弱していた
・裸だった
・背中には床ズレがあった
・栄養失調で筋肉がほとんどない
・寝たきり?

死亡の直前は身動きが取れないほど衰弱し、
食事も自力で取れなかったとみられています。

監禁されていた部屋は
・約2畳
・父親の泰孝容疑者の手作り
・布団と簡易トイレがある
・外から二重扉で施錠
・タンクからチューブを伸ばし水分を取らせる
・監視カメラ
・スピーカーで会話
・窓も暖房もない

食事は最近は一日一回だったそうで、暖房もないのに裸で食事も与えられず、
自分の家族にしていることとは思えないほどの行動で、正直引いてしまいました。

また、監禁されていた部屋だけでなく、
民家の外側にも監視カメラが約10台設置されていたことが
捜査関係者への取材でわかりました。

様々な方向を映せるようになっていて、
女性の監禁が発覚することを恐れ、
訪問者を極度に警戒していたとみています。
約10台の監視カメラは、主に塀の外側の道路に向けて設置されており、
民家の軒先につり下げられたり、塀に埋め込まれたりしていて、
自宅内には映像が確認できる複数の機器があったそうです。

愛里さんは17年間くらい監禁されていたことになりますが、
体重が19キロになるまでに、見た目に変化が現れたと思います。
なぜそのまま監禁を続けてしまったのでしょうか。
自分の大事な娘が精神疾患だからといって、なぜ助けてあげたり、
一緒に乗り越えていってあげなかったのでしょうか。
両親は病院に連れて行くなどの対応を取っていなかったと言うことですので、
そうゆう判断になった理由が知りたいです。
また、死体遺棄容疑については、
「娘がかわいかったので、亡くなってもそばに置いておきたかった」
と供述しています。
可愛かったら監禁しないのでは・・・?

胸が締め付けられる思いで、自分がもし愛里さんの立場だったら、
孤独で、栄養も与えてくれなくて寂しかったと思います。
愛里さんのご冥福をお祈りします。

*追記

1日1回しか与えられていなかった食事の内容は、
“食べ残し”だったということです。
泰孝容疑者は「監禁ではなく療養だった」
「私なりに考えて満足する量の食事を与えていたつもりだ」と
容疑を否認しています。
よくこんなことが平気で言えますね。
「子供は親を選べない」という言葉がありますが、選べないからこそ、
両親が自分たちの元に生まれてきてよかったと思ってもらえるように
できる限りの愛情を注ぐべきでは無いでしょうか。
私は決して裕福な家庭ではなかったので、母が身を粉にして働き、
愛情いっぱいで育ててくれましたので、それが当たり前だと思っていますし、
今後子供ができた時に同じように育てていきたいと考えています。
子育てに正解はありませんが、柿元夫妻のやり方は
間違っていると感じました。

追記終わり

今後新しい情報が入りましたら追記します。

[関連記事] 柿元泰孝・由加里 大阪府寝屋川市で長女を監禁!精神疾患が原因?

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