香川伸行 嫁の弘美は現在肉体労働している!?闘病中も野球が命だった!

3年前に急死した、元プロ野球選手の香川伸行さん(ドカベン)のご家族が、
15日の「爆報THEフライデー」で取り上げられます。
闘病中も野球を教えていた香川選手。
それを支えた最後の嫁は弘美さんで、現在は肉体労働をしているそうです。
香川さんの現役時代から振り返ってみたいと思います。

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香川伸行 嫁の弘美は現在定職を辞め肉体労働!

香川伸行さんは結婚や離婚を繰り返し、バツ2でした。
1987年に最初の夫人と離婚し、1988年に2人目と再婚します。
その相手とも、1999年に離婚をし、2001年に高校時代の恋人と再々婚します。
この3人目の奥さんが最期を看取った弘美さんでした。
弘美さんと香川さんの出会いは、高校生のときハワイで知り合いました。
香川さんは高校の選抜チームで、弘美さんはソフトボールの親善試合で
お互いバリバリのスポーツマンでした。
この時に香川さんが弘美さんに一目惚れして何度も電話をしていたそうです。
 
弘美さんは短大を出て20歳で体育教師として働き始めた頃、
香川さんがプロポーズをしますが、断られて2人の関係は途切れてしまいます。
弘美さんは30歳の時に別の男性と結婚し子供を1人もうけましたが、
31歳の時に夫を心不全で亡くし、シングルマザーとなりました。
 
再び香川さんに出会ったのは、1995年33歳の時に野球場で
約13年ぶりの再会を果たしました。
そして1999年に香川さんが離婚し、シングルファザーとなり、
お互い境遇が似ていたことから結婚ということになったそうです。

 
そして香川さんが重度の糖尿病から急性腎不全を患います。
療養生活を余儀なくされたことで弘美さんは2012年3月に30年勤めた教師を辞めて、
仕事も外出も出来なくなっていた香川さん見守るため時間の自由の利くパートになりました。
パートで働くという道を選び、香川さんを支えていたようです。

子供はお互いの連れ子を合わせて4人いて、息子さん1人と娘さんが3人です。
そのうちの息子・英斗さんはプロまではいきませんが野球チームに入り、
野球をやっているそうです。
 
弘美さんは、香川さんの闘病を支えるために定職を辞めた結果、
お子さん4人と香川さんをパートで女手一つで支えていくのは、
経済的にも精神的にもとても辛く、苦しかったことと思います。

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香川伸行 闘病中も野球命だった!

香川さんの経歴を紹介します。

生年月日:1961年12月19日
没年月日:2014年9月26日(満52歳没)
出身地:大阪府
身長:170cm
体重:96kg
選手情報
投球・打席:右投右打
ポジション:捕手、三塁手
プロ入り:1979年 ドラフト2位
初出場:1980年7月8日
最終出場:1989年10月20日

 
野球選手としては非常に大きな体格で、水島新司さんの
野球漫画「ドカベン」の主人公・山田太郎に体型が似ていたことから、
“ドカベン”の愛称で親しまれていた香川選手。
浪商高校で牛島和彦とバッテリーを組み、高校3年の1979年に
「第51回選抜高等学校野球大会」で準優勝を果たします。
その年のドラフト会議で南海ホークスに2位指名され入団しました。
 
1980年7月8日の対近鉄戦ではボールカウント0-3から日生球場レフト場外への
特大の初打席初本塁打を放ち、記録を残しました。
1983年には規定打席未満ながら打率.313、15本塁打でベストナインに
選出されましたが、その後は太り過ぎにより成績が下降していきます。
これは、関係者からの食事の誘いを断れなかったからだとされていて、
香川選手の人柄の良さが滲み出てますね。
しかし、野球に支障が出る状況になる前に断っておけばよかったと
後悔したのではないでしょうか。

 
そして1989年に戦力外通告を受け、現役引退しました。
引退後はRKB毎日放送の野球解説者を1990年から2002年まで務め、
日刊スポーツの野球評論家や、水島新司がパッケージをデザインした
讃岐うどんの通信販売も手がけましたが、1998年で手放します。

 
家族を養うため、2002年に福岡市で居酒屋を経営しながら、
福岡県粕屋町で野球学校を開校し、元プロ野球選手もコーチとして参加していました。
居酒屋は香川さん見たさに、お客さんがきて、経営も順調でした。
しかし、糖尿病による急性腎不全により緊急手術をし、
その後3年間療養生活を余儀なくされたため、居酒屋を手放し、
RKBの野球解説者の契約も解除ということになりました。
当時は週3回5時間に及ぶ人工透析を行っていたといいます。

そして2014年9月26日に福岡県朝倉郡の自宅で倒れているところを家族が発見し、
救急搬送されましたが死亡が確認されました。死因は心筋梗塞でした。

 

闘病中も野球関係を中心とした仕事を続け、なくなる2日前には東京都内で行われた
プロ野球OBが集うイベントにも顔を出していました。
そんな最後の最後まで野球に命をかけた男が残した家族が
今崩壊の危機だそうです。
番組で明かされる真実とは!?
崩壊から立ち直る時が来ることを願います!
 
*追記
番組では、携帯電話を握りしめて絶命する孤独死だったことが明かされました。
誰にも看取られない孤独死を遂げた香川さんですが、握りしめていた携帯電話には
「仕事はありませんか?」という営業先の電話番号が残っていたそうです。
当時は太っていく自分を心配する家族に”なるようにしかならん”と言いながら、
余命1ヶ月を宣告され、身体障害者1級となり、それでも食事制限をしない
香川さんに弘美さんが怒鳴ったとも明かされました。
しかし、香川さんは死の瞬間まで野球関係の仕事を求めて、
電話をかけていたのです。
貯金はゼロ、生命保険もゼロだったため、残された弘美さんと5人の子供は困窮し、
長男は大学を中退、二女、三女は不登校になり、弘美さんも生活のため、
より収入の高い肉体労働生活になったそうです。
今はそれぞれ再出発を図っているとも明かされ、
なんとか崩壊からは逃れそうですね。
家族にはいろいろな形があり、裕福な家庭もあれば、
貧しい家庭もあります。
その家族なりの幸せってあると思うので、
家族が一丸となって乗り越えていって欲しいです。

追記終わり

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