しずちゃんの元相方は二宮伸介!ボクシングでプロを目指していた!

しずちゃんの愛称で親しまれる南海キャンディーズの山崎静代さんが、
今夜のおしゃれイズムに出演します。
南キャンのコンビ結成秘話を告白するそうで、
しずちゃんの本音が聞けるとか!?
そんなしずちゃんの過去についてまとめてみます。

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しずちゃんのプロフィールや経歴


本名:山崎 静代
ニックネーム:しずちゃん
生年月日:1979年2月4日(38歳)
出身地:京都府福知山市
血液型:A型
身長:182cm
方言:大阪弁
最終学歴:聖和大学短期大学部(現・学校法人関西学院・聖和短期大学)
コンビ名:西中サーキット(1999年〜2002年)
南海キャンディーズ(2003年〜)
相方:前野里美(西中サーキット)
山里亮太(南海キャンディーズ)
事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期:1999年〜

元ボクサーでお笑いコンビ南海キャンディーズのボケ担当のしずちゃん。
相方は、山ちゃんの愛称で親しまれる山里亮太さんです。

しずちゃんは5000gという大きめの体で産まれ、
高校は大阪府立茨木西高等学校で、女子サッカー部に所属していました。
初めて結成したコンビは前野里美さんと組んだ「西中サーキット」で、
2002年にABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞を獲得しました。
その頃の画像がこちら!

黒髪に馴染みがありますが、このころは金髪でした!
この髪色も似合いますよね!!

そして、相方・前野さんの引退により解散し、2003年に「山崎二宮」を結成します。

コンビを組んだ二宮紳介(現芸名:雨宮金次郎)さんは
しずちゃんにとって”イケメン”だったため、
部屋でネタ合わせをしていても変な感じで緊張してしまったり、
ネタに集中出来ないと悩んでいました。
そんな時に声をかけてきたのが山ちゃんでした。

“山ちゃんだったら、そんな気持ちにならないから集中できる!”
という気持ちから山ちゃんと「南海キャンディーズ」を結成します。
引き続きボケを担当していますが、ネタ作りは山ちゃんに任せているそうです。
基本的にはツッコミには回らず低くボソっとつぶやき、自意識過剰なボケ、
ぶっきら棒なしゃべりかた、予測不可能なアクションが特徴です。

山ちゃんを嫌っていることをネタにすることが多く、しずちゃんの本音や
南海キャンディーズの結成秘話が番組内で聞けるそうなので楽しみですね!


山ちゃんに対するしずちゃんの対応が辛辣すぎて、それも面白いし、
割り切って笑いあえる関係が素敵だなと感じました。
これからもこの2人が活躍していくところを楽しみにしています!
いつまでも応援したいです!

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しずちゃんはボクシングが趣味!世界を目指していた!


しずちゃんの趣味であるボクシングは、
本格的にアマチュア選手として活動していました。
一般的な女性に比べて非常に背が高く骨太のがっちりした体格で、
家族も体格ががっちりしているそうです。
運動神経にも優れていて、学生時代に部活動で陸上やサッカーをやっていたので
足が速く、持久力もあります。

2011年5月、JOCが発表した女子ボクシングの強化選考選手に選ばれ、
本格的にロンドン五輪を目指す事となります。
初の公式戦は9月の中華民国の旗台北市で行われた
「第1回タイペイカップトーナメント」で、初戦で敗退し出場4人中3位に終わりました。
その後75kgまで減量を行い、2012年2月に行われた
「全日本女子選手権兼ロンドン五輪予選日本代表派遣選手選考会」では
ミドル級に階級を下げて出場し、優勝を果たしました。
この結果、2012年5月に中国河北省秦皇島市で行われた
「ロンドン五輪予選兼2012年世界女子ボクシング選手権大会」
の日本代表に選ばれましたが惜しくも敗退し、ロンドン五輪出場を逃します。
しかし、女子ボクシングの競技普及に貢献したとして
日本アマチュアボクシング連盟から特別表彰されました。
世界選手権後は傷めていた膝の手術などもしましたが、
「次の目標を考えたい」と現役続行の意向を表明しました。
2012年12月、世界選手権後初の公式戦として山形市で開かれた
「全日本女子選手権」にミドル級でエントリーし、出場者が2人のみだったため
認定優勝となります。

 

国際ボクシング協会(AIBA)ルールでは年齢制限が「35歳未満」でしたが、
2013年4月よりAIBAの年齢制限が40歳に引き上げられ、
しずちゃんにもリオデジャネイロ五輪への道が再び開かれることになりました。
2013年4月2日、後楽園ホールで開催された
「第1回女子ボクシング チャレンジマッチ」で約1年ぶりとなる試合を行い、
デビュー戦で苦杯を嘗めた台湾の選手に勝利、雪辱を果たしました。

その後はミドル級の選手数が少ないこともあり十分な練習ができず、
2014年のアジア大会は代表を見送り、
11月には2014年世界女子ボクシング選手権大会(韓国・済州島)に
出場しましたが敗退しました。
2015年6月、女子アジア選手権大会(中国)の代表に選ばれましたが、
8月1日に体調不良を理由に欠場を決め、
2015年10月15日、「体力の限界」を理由に競技から引退したことが明らかになりました。

体力の限界なら仕方がないですけど運動神経が良いので、
もっと続けて欲しかったなと感じました。

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