日野原重明が105歳で死去。医者なのに作詞もしていた!

7月18日午前6時33分に聖路加国際病院名誉院長「日野原重明」さんが、呼吸不全でお亡くなりになりました。
100歳を超えても現役の医者であり続け、地下鉄サリン事件、生活習慣病、数多くの著者を出版しています。
なんと、医者なのに作詞もしたようです。この方は一体どうゆう方なのでしょうか?

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日野原重明先生のプロフィール・経歴

7月18日日野原重明先生が呼吸不全のため、105歳でお亡くなりになりました。
まず経歴についてまとめてみます。

1911年10月4日生まれ
山口県出身
享年105歳

1941年:聖路加国際病院に内科医として勤務
1973年:(財)ライフ・プランニング・センターを設立
1992年 聖路加国際病院 院長に就任

*受賞歴
1992年 東京都文化賞
1993年 勲二等瑞宝章
1998年 東京都名誉都民
1999年 文化功労者
2005年 文化勲章

数多くの賞を受賞しています。
1995年の地下鉄サリン事件では、外来の患者さんの受診を休診し、被害者を無制限で受け入れたそうです。
的確な判断でしたね。これがなければ被害者が増えていましたから。
1996年には、成人病とされていた脳卒中や心臓病を「生活習慣病」と名付け世間に広まっています。
人間ドックを開発したのも日野原先生で、医学会では偉大すぎる存在ですね!
日野先生は、10年先のスケジュール帳を持っていて2020年のスケジュールも、半分以上埋まっているほど多忙でした。
俳句を一日3〜5句詠んだり、30歳の体重をキープするように食生活に気をつけたり、階段を登ったり、健康にも気を遣っていて医者の鏡だと思います。

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日野原重明先生は医者であり作詞者でもある?

日野原重明先生が作詞した曲は、「地球をつつむ歌声」です。
これは、小中高校生が歌で競い合う教育イベント「NHK全国学校音楽コンクール」2015年の小学校の部の課題曲です。
歌がこれです。


日野原先生らしい歌詞で、心が和みますね。

*日野原先生からの思い

小学生が楽しく歌えるような明るい歌詞を作りました。
人が生きていくとき、歌はなくてはならないものです。
私が作詞した課題曲を歌ってくれる小学生の歌声を聴くことができるのは、私に与えられた人生最高のご褒美だと楽しみにしています。
一人ひとりが自分の好きなように、思いのまま、のびのびと歌ってほしいです。

言葉が通じなくても音楽は世界共通ですからね!
過去に出版した本も子供向けに書かれているものも多く、幅広い年代の方から認知されているのではないかと感じます。
ツイッターでは数多くのお悔やみの声が上がっています。


20歳で患った肺結核の後遺症で両肺の機能が低く、数年前からは心臓機能などが低下していました。
食物の経口摂取が難しいため、院長が3月20日にチューブで胃に栄養を送る胃ろうを勧めると、
「それはやらない」と延命治療を拒否したそうです。
最後まで人間らしく生き抜いた日野原先生。
ご冥福をお祈りいたします。

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